潜伏 
期間、
九年 






人とつきあうときに、それが恋愛沙汰であればなおさら、誰でも無意識にときにはそれを意識してでも、相手を自分の好きなようにしたいと思うのは当然のことだ。からだもこころも、自分の好きなときに愛して、自分の好きなときに傷つけたいと思うのがふつうだ。愛するだけじゃなくて傷つけたいのは、それはその方が絶対に愉しいからだ。しかもからだを傷つけるよりこころを傷つけた方が何万倍も愉しい。そのことを人間は知っている。理性は知らなくても、本能で知っている。だからそれを人間の理性で止めることはむずかしい。それなら俺だって分かる。近藤さん相手なら我慢だってできる。

我慢だってできる。

近藤さんとは近藤さんがお妙という女に執心するようになってからだ。それまでは俺たちのあいだには何もなかった。いや、俺から近藤さんへはいつも触ればねとつくような自分でも吐き気のするような執着が何年もあったけれど、それはその執着は俺の肚の中で毎日毎日無理矢理に押さえつけられてガソリンをぶっかけてから頭から火を点け、焼き尽くされて灰になってすっかり無かったことになっていたので外へはまったく出なかった。そんな素振りは誰にも見せなかったし、口の端にも上がらないようにすることに俺はすっかり慣れきっていた。俺は九年も前に忍び込んでそのまま潜伏しているビールスを飼いながら毎日そいつを殺しているも同じだった。毎日せり上がる発熱と嘔吐に似た感情にここ数年俺は精神で耐え続け、免疫と抗体によってそいつを殺しつづけていた。免疫は真選組で、抗体は人間の血と脂を何度もくぐった刀だった。

お妙という女が近藤さんの前に現れてからこっち、俺は本懐を遂げることができたので、女には嫉妬しながらでも感謝するべきだったが、俺は心中で女を呪ったり恨んだりすることしかできなかった。もちろんそれだって肚の中でさんざん燃やされて俺が殺しをするための燃料にされた。いよいよ本格的にあいつが暴れだしたのだった。それは苦しいだけで何も連れて来なかった。俺は近藤さんのからだの下でしばしば泣いた。俺がよがりながら名前を呼んで泣くので、近藤さんも何も不思議に思わないようだった。俺もそれでごまかしている気になっていた。曰く「近藤さんたすけて、」。

近藤さんと初めて寝た次の朝に、枕元に現金が置いてあった。近藤さんが落としたのだろうと思って昼ごろに局長室に持って行ったら、ああそれ?いやいいよとか何でもないとかお前のだからとか曖昧な顔ですこし笑いながら言うのでその意味がすこしずつ理解できて理解できてきた途端俺の血圧は高騰した。身体中がいきおい、かっと熱くなるのが分かる。紛れもない間違えようのないその感情に俺は戸惑った。怒りと羞恥。一生許せないほどの。
「死ね!あんたなんか一回死ね!アホ!ゴリラ!」
抜刀しなかっただけまだ理性がはたらいていたのかもしれない。俺は気づけば毒づきながら拳でかなり重たいのを近藤さんの顔にいれていた。派手な音がしたせいで足音が近づいて来て局長室を見知った顔が覗いたので、俺は近藤さんの札を沖田の後生無邪気な顔に向かって投げつけた。札は飛ばず、ひらひらと空気抵抗を受けながら重力に従って落下した。床に着く直前につるっと沖田の足許近くに滑る。沖田が札を拾いながらにこりともしないで言う。
「あーあー、かわいそうに……」
誰がだ!お前も一回死ね!沖田は新しいアイマスクでも買いまさァ、と嘯いた。死ね!

誰だって誰かを自分の自由にしたいのだ。近藤さんみたいな気の好い、立派な男でもそれは同じだ。自由にしてさんざんもてあそび最後には捨てるか食べるかしてしまいたいのだ。

俺が殴った傷だからと言って呼びつけて、近藤さんは俺に手当をさせた。俺のはらわたは変わらず煮えくり返っているが逆らうことなどできないから言われるがままに手当をする。近藤さんは斬りつけられたら敵に向かってお前が斬ったのだからお前が傷を縫え、とでも言うのだろうか。少なくともその逆はあるだろう。肚にどんどんどす黒い感情が溜まって、朝がた灰にしたばかりのあいつを甦らせるような気がする。近藤さんはいったいどんな神経をしているんだと思いながら俺は「悪かった」とか「痛くないですか」とか言いながら(そんな俺も俺だ!)消毒薬で傷口をぬぐい軟膏を塗って絆創膏で覆う。傷を触られるときの瞑目する癖のまま近藤さんは低い声で俺に話しかける。
「トシ」
「何だよ」
「黙ってどっかに行ったりするなよ」
「……」
「俺のそばから、離れるな」

はァ?こういうときは、ごめん、とか悪かった、とか言えばいいんじゃないのか、と俺は思った。何で俺が、あんな扱いを受けたうえこんな言い方をされなきゃいけないのか、さっぱり分からなかった。でもいかにも近藤さんは「ごめん」と言いだしそうな弱々しげな顔でそれを言い、俺は死ねゴリラ、と言ったことを後悔した。死ねと言ったのは俺なのに、近藤さんは自分が俺にむかって死ねと言ったように感じているのだと思った。
「……離れねえよ、」
おいおいこんなことで赦していいのか、俺は近藤さんに思う以上に自分にうんざりした。俺は馬鹿か。(離れるな、)それを言いたかったのは俺だ。そして言ってほしかったことばはこれだ。
「離れねえ」
馬鹿な俺の腕が近藤さんの頭におそるおそるまわって抱きしめる。俺は俺のからだが何かほかの別のものに支配されているのを感じる。毎朝ガソリンをぶっかけて焼き払っているあいつが俺のからだを衝き動かしていると思う。近藤さんが何のつもりで金を俺にくれるのかは分からない。近藤さんは俺を傷つけたいのかもしれない。傷つけて愉しみたいのかもしれない。それでも、近藤さんが俺を愛しているならそれはきっとどんな歓びにも代え難い。この金で花でも買って女に渡せばいいのにと思う。

近藤さんが俺の殴った顔を寄せて肩を抱く。こういうことをされると迷ってしまう。信頼のおける仲間にそうやってるつもりなのか、それとももう少しでも何か親密な意味あいを持たせているのか俺はもう判断することもできないのだ。きっと女に完璧にふられたときには俺はただの片腕に戻るだろう。そのときにもこの抱擁は平気でされるのだろう。それがあらかじめ分かってしまう俺は不幸なのか、否か。血の気の多い侍らしい近藤さんの体温はたやすく俺へ伝わってくる。あたたかさだけがあればいいと思う俺は馬鹿なのか、否か。もう俺はほとんど病気のように近藤さんへしがみつく。灰にしたはずのあいつが体の中で逆に俺を焼いている。熱が俺を蝕んでいく。そして近藤さんに傷つけられたそこから、膿んでは痛み、痛んでは膿む。どちらが俺の致命傷なのだろう。



手がふるえる。このままでは、刀が、持てなくなる。












'050423 - '050524 衍田トカ

・近土は如何ともし難い・土方は近藤のことを見ているようで全然見ていない・近藤は酷い男だということ・土方が近藤を見限ることは絶対にありえないこと などを考慮した結果。それと病気は内からと外から発生するっていうかそういう感じのことを。すごく悩んだんですが消化不良かもしれない。