血溜まりの海に浮かぶランゲルハンス島への旅



メロンパンの表面はクッキー生地になっていてさらにそこへざらめ糖がかかっておりじゃり、と音をたててかぶりつき食いちぎると注意しないとざらめがぱらぱらと床へ落ちるんだろうなあと思った。そしておそらく彼は落とすんだろうなあと思った。何度か買ったが、自分では一度も食べたことがない事実を思うとすこし死にたい。最後の一個だったキャラメルクリーム入りメロンパンを購買で買って、あてもなかったがきっと坂田がいるであろう進路指導室に向かえば、ざらめがもうメロンパンの袋の底へ溜まってざらついている。こういうのは悪くない。この砂糖で彼を殺せる。

使用中の赤いランプが点っているもののノックをすると「おー」と承諾だか相槌だか寝ぼけているのだかわからない生返事が返ってきて、失礼しますと言って入ればそこは昼日中であるというのに薄暗い。蛍光灯のスイッチが倒されないままに、カーテンが閉められ、しかし遮光はされずに外の光が少し透けている。床一面に少ない採光の波がゆれる。白衣を着たきりの坂田が細い注射器を持って自らの腹を少しめくり、膚をみせて隙間から針を刺す。生返事の理由はこういうわけだったかと考えながら何となく眼も逸らせず息をつめ、針の尖を見ていると坂田があーヅラ、じゃない桂ドア閉めてドア、と言って、自分が半分部屋に、半分廊下にまたがってたまま止まって担任を見つめていたことに気づいて少し羞ずかしくなり、音をたてないようドアを注意して閉めれば次の瞬間坂田は見せ物は終わりとばかりに手品のように道具をしまってしまった。見せてくださいそれ、と言うと一言だけダメと言われてさらに後ろ手に隠された。子どもみたいな動作と重くも軽くもない担任の言葉にむかついて何で、と続けようとしたら腕が伸びてきて手首をひかれる。それ俺ンだろ。癪だと思い、投げつけようかと思うが手頸をとられたそのまま袋をつるりと奪われる。

「そんな甘いものよく食えますね、」
ざらめはいよいよ袋の中に溜まり、桂は自分の憂鬱と比例しているようだとくだらないことを思った。
「それ言うならただの担任によくパシってくれますね桂くんは。」
頼んでねーのにな、お前変なヤツだよな。そう言うわざとらしい売り言葉に、先生のこと飼い殺そうかと思って、とあわや返しそうになるがぐっと黙って問いで返す。
「何で病気なのに甘いものやめないんですか」
「お前矛盾してねえ?買ってくるのお前じゃん」
「買ってきても断ればいいのに」
そしたら僕が食いますよこれ実は自分のために買ったので。掴まれたままの手頸をひねるとよけいに力を加えられた。参った。こんな薄暗い部屋で昼休みで先生と二人なんて変な気分になります、嘯くと担任の顔が歪んだ。
「ちが、」
ぐらりと手頸をもたれたまま身体が傾く。手頸が更にすがるように握られて、ひやっとするので何かと思えば坂田はつめたい汗を掌から流しているのだった。

「大丈夫ですか」
先生、先生、何度も確かめるように呼んで肩を支えるとそのままもたれてくる。あ、ほんとにまずいんだなと思って抱きかかえるようにするとどさくさに紛れてそのまま抱きしめてきた。こういうときこういう理由をつくらなければ手を出せないんだから、幸せだか不幸せだかよくわからない。このままでいたいけれどこのままではいられない。ぐったりして力を抜いた坂田の身体は熱いようなつめたいような、よくわからないけれどたしかにあきらかに自分とは違う熱をもっている。ポケット、と耳に湿度の高い声がささやかれ、白衣をまさぐると角砂糖が手に数個あたった。ひとつを取り出して小さいくせにプレゼント包装と同じようなやり方の個包装をもたつく指で剥いて坂田の唇に押しあてる。抱きしめられたまま先生に砂糖を与えるなんて低血糖じゃなくたって目眩がしそうだ。坂田は唇に押しあてられたまま真っ白い正方形をひとくち齧ると、口を噛みつくように開きその次で全部を口腔に入れ、桂の指まで追ってなめた。指と一緒になめられた砂糖が口腔で崩れていき、ざらつきながら溶けた砂糖でねとつく指が執拗にねぶられる。「汚いですよ、指」髪が頬にあたるたびに胸郭があまく軋む。眼鏡の細いフレームがふれると急につめたい。尖った脊椎をなぞるようになぜると、坂田が身をふるわせる。どっと肩にかかる体重はとても抱きしめられてるようには思えず、しかし相手に余裕のないぶんだけ、自分が抱きしめているように感じられるのだった。部屋はあたたかくうすぐらく、角砂糖を入れたままかき混ぜない紅茶の、どろっとあまいカップの底にいるようだ。


「ごめんごめん」
「僕がいなかったらどうしてたんですか」
「午後の授業は自習だったな、損したなお前ら」
砂糖をなめて冷や汗もひき、あずけられた体重も軽くなり、しかしあんなところを生徒に見せておいてまったく屈託のないようすなので腹がたった。グルコースの奴隷、坂田はまったくジャンキーのようだ。
「先生ランゲルハンス島って知ってますか」
「…あーあれだろ、太平洋にあるやつだろ」
大抵の島は太平洋か瀬戸内海にあるだろ、またそう言って白化くれる、躱して躱して、それで何が残るというんだろう。それとも本当に何も知らないのか。確かに坂田の実体や本質など誰にも見ることができないような気がするが、しかし隠してどうすると言うのだ。
「違いますよ」
「じゃあどこにあンの、それ、行ってみたい」
「…行ったりできない場所なんです」
坂田へ近づいてみぞおちにふれると坂田がすこしその場から身体だけでしりぞく。さっきは必死で抱きとめたくせにこれだ。みぞおちにふれたまま、坂田もふれさせたまま、部屋の電気もつけず、やっと懸濁されたあまい液体の底で何も食べずお互いの吐いた空気を吸って、何をやっているんだろうと桂は思う。

「メロンパン、せっかく買ったんだから食べてください」
手にとって袋をやぶくと底へ溜まったざらめが床に散らばった。うっかりしていたと思うが、幸い坂田は気にするようすもないので、ひとくちだけむしったメロンパンを坂田へ渡し、そのひとくちを生まれて初めて口に入れるが、やはりどこかで食べたような味がする。中身のキャラメルクリームがついたふりをして、さっき坂田にねぶられた方の指を口へ咬えると、まだ甘かった。メロンパンよりずっと。すくない採光の波が床一面にまた揺れ、散ったざらめが乱反射してところどころひかる。あたりは静かで、グランドで昼練をする部活のざわめきが、何キロも遠くのできごとのようだ。

坂田がこちらを見て、何か言おうとしたその瞬間に、予鈴がひびき、その邪魔をした。



















'050124 - '050225 衍田トカ

バランスとかの面で会話文の組み方が苦手で、それで仕方ないから地の文に会話文混ぜるとほん  っと読みにくいな…すいません気をつけよう。タイトルは何かうそです旅にでてない…旅にでる話を書けばよかったのか…ランゲルハンス島っていうのは膵臓にある内分泌組織ですけど糖尿病でなんか書きたいと思ってたので。食前インスリン注射で低血糖、ぶったおれる銀八先生で介抱してあげる桂くんでした。説明せんととわからんなー。銀八先生みたいなの書いたことないからすごいむずかしいな。みぞおちは殴ってもいいかなと思ったけど一応急所なのでやめた。