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あれは小学2年生の頃だっただろうか、あの頃から中学校にかけての俺たちがある意味一番兄弟らしかったかもしれない。しかし四人に限らず言えば、俺と四郎は四人の仲のどの組み合わせよりも一番ふつうの兄弟に近かったかもしれないのだ。一番ふつうの兄弟に近かった俺たちが誤って/若気の至りで/俺の気まぐれで/しかし四郎のせいでただならぬ仲になったのはしかしふつうを装っていたあの頃だ。四郎が兄ちゃんチューしようやってみいへんかチューと言ってきて嫌じゃ何でじゃと言うのにも関わらず四郎が顔(←かわいい)を近づけてきて唇がくっついて、くっついてというがキスなんて所詮何も判らない子どもにとっちゃ皮膚と皮膚がくっついただけのもんだ。しかしくっついて頭にきた俺は何故か唇がふれたあと歳上の余裕でそのまま唇をなめてから舌を入れてやった。ぬるっとして唾がひいて四郎がびっくりした顔をしてる。あああ嫌だ思いだしたくないがでも、小学校とか幼稚園とかそういうキスの意味も知らないようなときに試したくなってその相手がたまたま同性でしかも兄弟だったなんてことはよくあることなんじゃないだろうか。俺も四郎も初めては相手同士だった。(に、違いない)あー自己嫌悪。せめて舌は入れるべきじゃなかった。そしたら何とかごまかせた(自分を)かもしれないのに。誘った方の四郎は覚えてるだろうか?しかし俺より一つ幼い歳のこと、もう忘れてるかもしれない。しかししかし俺より頭の出来のいいあいつのこと、憶えていて今の俺のように苛まれることがあるかもしれない、と思うと気持ち悪いんだか気分がいいんだかよくわからない。あれから俺たちはどんどん離れて俺はピアノをひき俺の友達ライバルクラスメイト担任の彼女とどんどんやってその指をなめやり棄てて、四郎は渡米して外科医になって何人も恋人をつくってはまどろみながら女に中指を突っ込み、ということを繰り返してここまできた。昨日アメリカから四郎が久しぶりに帰ってきて、最近四郎のことを思いだそうとするとあのときのキスのことが必ず頭をかすめるので苛々するけれど俺だけがあれを覚えてるのだとしたらそれはきっと呵責からだ。四郎への。良心の。 「大きくなったらこんな家二人で逃げようさ」と言った四郎を俺は鼻先で笑ってそれで四郎は一人で17で家をでてしまって、でもあれはきっとあの日俺が四郎に言わなきゃいけなかったのだ。あいつを連れ出さなければいけなかったのは俺だったのに。 お前と逃げたい、今更そう言っても、笑われるだろうか。 |