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鏑木・T・虎徹 バーナビーを 人質に篭城 俺の頭の中に明日の朝刊の見出しが躍る。今だっていつこの部屋のドアをはさんで俺を追う者が迫るかわからない。じりじりとした焦燥で俺の胸はひどく痛む。 一夜明けて世界はまったく変わってしまった。俺は世界から捨てられてしまった。昨日と今日の隙間に落ちてしまったようだった。絶対的な孤独と信じがたい醜聞。シュテルンビルトでほんとうの俺を知る者はもはや誰もいないのだろう。…恐らく。 いや家族は?楓は?彼らの記憶からも俺は消えているのか?知りたくない。友恵は?友恵はもういない。友恵だけは本当の事を知ってるだろうか? もしも、地の果てまで逃げ誰もいない土地へ行けば、そんな事は何も関係なくなるのか? …こいつと。 俺は俺に追い込まれた元相棒を見下ろした。尖って冷えた眼差しとそれぞれひとまとまりに縛られた腕それに長い脚。その硬い表情とこれまでの乱暴なやりとりからすれば、バーナビーも俺の事を既に知らないようだった。俺はふたたび孤独に背筋を凍り付かせ、覚えのない冤罪に胸中を焦げつかせた。俺がこいつの大切な人を殺めたと、こいつは信じて疑わないようだ。 それはいい、俺の肌は恐ろしい事に孤独のうそ寒さに慣れはじめていた。 しかし、バーナビーと過去重ねたのと同じその肌は、寒さに耐えられなくなっていた。うつむき気味の青白い顔貌にひととおり乱闘した後の乱れた巻き毛がさわっている。今日の彼の瞳は翳ってオリーブ色に見える。見つめるうちに俺は自分が欲情している事に気づいた。きれいだ。俺は、この部屋に鍵をかけてバニーをしまった。扉のしまる音そして、鍵のかかる音。 「お前本当に忘れちまったのか、俺の事」 出会い頭に尋ねた質問を俺はもう一度切り出した。 「……知っていますよ、あなたは彼女を殺した」 「そうじゃない、俺とお前は、」 「どうして殺したんですか!?僕はとうとう一人になってしまった!!」 叫んだバニーは身を捩って眉根を寄せた。角膜の上にみるみる潤みがたまる。 「殺してなんかない」 「嘘をつくな!!」 「それと、お前は一人になんかなっていない」 「どういう意味…」 縛られて動けない彼をどこからでも触れるし、どこを触っても彼は抵抗するだろう。どこから触ろうか迷って、縛られ転がる彼を引き起こしいきおい抱きすくめると彼は本気で抵抗した。 「やめろ!!触るな!!!鏑木……」 後ろ手に縛った手が鑞のように白くなる。 「もう一度言う、やめろ、触るな、殺すぞ!!」 はっとしてもう一度顔を見ると、バーナビーは整った顔をできる限り歪ませてまじろぎもせずぎらぎらとこちらを睨めいる。オリーブ色の瞳よりさらに濃く翳る瞳孔がくろぐろとして俺を威嚇する。俺は既視感に気づいた。ジェイク・マルチネスと闘ったバーナビーを思い出し、むかむかした。俺は今、彼にとってジェイク・マルチネスと同じ仇敵なのだ。 初めてバーナビーとセックスした夜の事、酔った頬の赤み、口接けした後の表情の柔らかさ、想像もしなかった器官の官能、触るとにじむ透明な汗、終わったあとのかすれたちいさな睦み言、指をとおる金色の髪、目紛しく反芻され俺はうちのめされた。あれは全てここから失われてしまった。彼の脳からは消えてしまった。では肉体には? 俺はいらいらとして立ち上がった。強い酒でも飲んで昏倒してしまいたかった。そうでなければ、バーナビーを無理矢理に犯してしまいそうだった。 「クソ、」 毒づく俺をバーナビーはじっと正面から睨めた。その見たこともない蔑みの視線に横隔膜を強い酸で溶かされる心地がして、我慢ができない。熱が、どろりと骨盤の中へたれこんでゆく。 気づけばバーナビーが横顔を見せていた。その頬をスケートリンクでの時のように殴っていた。縛られて何もできない者を俺は殴った。それも、年下の恋人を。傷はない。言い訳をするかのように俺は鑞のように白い手首をとっていましめを解いた。「今から動くな」命令をして彼の上半身を乱暴に裸にする。バーナビーは殴られてすこしひるみ力をとかぬまま言う通りに動かず黙って衣を剥がれた。不眠で以前より痩せたあばらは白く不健康に見えた。 「ほんとうに覚えてないのか、ほんとうに」 ぶつぶつとひとりごち、もはや俺は数日餌をもらえない檻のけもののように欲していた。はだかの床にはだかの身体を押しつけ、腕とおとがいを捕らえて唇に噛みつくとバーナビーがまなこを見開いて息をのむ。「動くなよ」いましめがわりにさらに念を押すとその肩をわななかせる。噛みついた皮膚は切れず赤い血は出ないそのかわりに皮下で青く血がにじむのを教えた。バーナビーは俺に気づかれぬように呼吸をととのえている。続いて耳、耳の裏、耳の中、舐めまわしその次は首、動脈となりあう静脈を皮膚の上から確かめる。確かに、その血管の走行は確かに俺がセックスしていた若い男の夢のような身体だった。「舌、だせよ」万年筆をインク壷にひたすように指を奥までつっこみ、わざとえづかせる。「噛むなよ」命令は手短かに言う。バーナビーは口から指を抜かれると気分の悪さに顔色を悪くしてぎゅっと唇を食いしめたが、見ているうちにまたゆるく開いた。そして。 「あなたももし約束をした相手がいるなら、こんな事は今すぐやめた方がいい。誰のためにもならない」 バーナビーは俺の指輪を一瞥してからつとめて平坦な声音で言い放った。 犯罪者を説得する時には、相手を興奮させてはいけない。社会との繋がり、人間関係を思い出させる。心の拠りどころとなるような人を思い浮かべるようにしむける。テクニックだ。ゆっくりと。心臓の音が導かれるちょうどいい速さで。 しかしそれに反して俺は心中で呻いた。バニーは記憶をなくして俺に初めて相対してからこんなにも早く指輪に気づいた。いや、気づかない訳がない。俺達のあの最悪な邂逅でも、俺が既婚者である事、妻に操をたてている事、おそらく全部すぐに分かった上で俺の茶番につきあった。キスをすれば返す、抱きしめられれば吐息をもらす、繋がれば名前を呼ぶ。何もかも呼応していたようで、実はバニーには黙っていた事がいくつもあったのだろう。それを俺は聞こうともしなかった。ここへ来て思い知らされた。 翻って、バニーと俺は何かそれらしい約束をしただろうか。俺達の間にはなんの稚拙な契約もなかった。その気はなくても俺はいつでもバニーから離れられるようにしていた。俺の方が先に遠くへ行き、その時にはバニーの中には何も残すつもりはなかった。 俺は焦った。 皮膚も眼も髪も筋肉も内蔵の入り口や出口すらも俺のものだったのに、もうそうではなくなった。その身体は誰のものになっているのだろう。今から取り戻したいと俺は切実に思った。 「俺はお前と今から約束をしたい」 俺は何も考えず勢いまかせに言葉を継いだ。 「今日でお前の事は終わりにする」 いや違う、これは約束じゃない、ただの宣言だし、それどころか言外な脅迫だ。頭をがんがんと叩かれている心地だけが俺を意味のないセックスへ押していく。バニーは青白い顔のまま黙っている。 グラスの淵まで注ぎ足され、今にも溢れそうだ。出したい事しか考えられなくなり、俺はばかみたいに腰をバーナビーにぶつけた。耐えられずぎゅっと眼を閉じた瞬間。顔面に唐突な衝撃があり、続いて殴られた場所にはしびれと不快感そして鈍い痛みが広がった。凌辱を始めてから、俺が初めて眼を閉じた瞬間をバニーは見逃さなかった。不本意で一方的なセックスが始まってから、腕が自由になってから、ずっと俺の事を一発殴りたいと思っていたのだろう。呆けた表情を隠せない俺をバニーは追撃もせず、振り上げた腕を重力どおりに床に落としつらそうに息を上げた。渾身の一発だったという訳だ。 その次の瞬間、俺の視界に新たな色が配色された。バニーのオリーブ色の眼のきわ、好いと赤くなる部分に、一点、赤い色が落ちる。俺の顔のしびれて痛む場所から垂れている、と気づいた俺は鼻を啜った。鼻腔から咽頭へ鉄錆た液体がたれこむ。にもかかわらずバニーの顔の上にもぽたぽたと血液はまだ垂れる。かっと生じた怒りのような感情が次々に揮発してただのたかぶりに変換されていき、バニーの顔が汚れるのもおかまいなしに、俺はバニーにぶるぶる震えながらむちゃくちゃに口接けた。口接けながらぬめる下半身を感じると、上と下のぬかるみ二点で俺たちは円環している、と思う。彼の顔中が真っ赤な顔料でぐちゃぐちゃに汚れるように、瞼にも睫毛にも高い鼻にも唇とその周囲を唾液と血液でべとべとにした。血液は空気に触れるとゆっくりとくすんだ色になり、赤茶けてじゃりじゃりと乾いてゆく。 バニーとは初めてナマで、した。今までナマでしなかったのを後悔するほどに快感を覚え、彼との最後のかもしれないセックスの罪悪感と気持ちよさに気が遠くなりそうだった。俺は中に出すか外に出すか逡巡して、出した。 精液でも血液でも、色のついたものをバニーに載せたかった。今の彼は透明だ。 地を這う兎に翼はいらぬ '11.8.13-8.20 20話コテバニすぎで頭がおかしくなる 殴るとこと出すところしか書かなかったため、慣らして入れているかいないか、詳細な体位など重要な事がわからず、すみませんでした… |