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5年間俺は香川に帰らなかった。香川どころか四国とか関西にはあの梅田の紀伊國屋前の大画面で川田のVサインを見て以来全然近づかなかった。木を隠すのは森の中なんて昔っから言うし俺は常に人の多い場所、人口密度の高い場所にごく自然に身を置いた。新宿ではたらき中野に住んだ。それでも5年だ。故郷に未練がないなんてことはない。俺は毎日涙のしたたってしみこんでぶわぶわに劣化した藁半紙の3Bの名簿をあの日から見返すことを欠かさない。クラスメイトひとりひとりの顔を思い浮かべては忘れないようにする。卒業アルバムのつくられなかったあのクラスの集合写真を俺は頭の中で完全に描くことができる。慶時の隣で笑う俺自身の顔も俺ははっきりと思い浮かべることができる。それはあの島で死んだことになっている俺の存在よりもきっとはっきりとこの世に存在している。 しかし、今日、四国へ戻ったのだ。城岩へ。 5年ぶりの街だが変わったところを探しても意味はないだろうと思って何も見ないようにした。これまで行ったどことも変わらない。変哲もない典型的な地方の駅前―ロータリーがあり左手にはそれほど栄えない商店街があり右手の道路を行くと国道へ通じる―を降りてバスで城岩中へ向かいひとつ手前の停留所で下車する。自分の心臓の音を注意深く聞いて、自分がそれほど動揺していないことに少し落胆しまた安心する。犯罪者として追われる生活には慣れきったはずだった。だからだ、と言い聞かせる。中学校の近くにはまだコンビニが残っていて、ちょうど学校帰りの母校の中学生が少しずつ溜まっては吐き出されているようだ。懐かしい血塗れの(それでも)真っ黒な学生服。俺は無意識に何か探している。何となく、雑誌書架に近づいてあの頃さかんに回し読みした少年誌を手に取る。開くが、5年前と同じ連載などついぞ見かけない。何も目の中に入ってこないままページを繰っていると隣に人翳が近づいた。警戒しながら読むふりをしてページを繰る。ちら、と視線をやって俺は驚いた。 三村信史がいる。 俺はゆっくりとまばたきをした。そのフィルムがカシャ、カシャ、とずれていくようなスローモーションの中で妙に店内の照明がきつかった。三村信史は俺に気づかずに何かの雑誌を手にとりぱらぱらとめくっている。三村信史は20歳前後くらいの俺と同い年の印象で、それでも中学のときのあの面影が強く残る顔立ちをしていた。俺は驚きすぎてその場に立ち尽くしていた。もしかしてサードマンはガダルカナル島から無事生還していたのだろうか?いやそんな筈は断じてない。確か桐山に蜂の巣にされた、はずだが。20歳の三村信史は誰かと待ち合わせをしている様子で、ときどき雑誌から顔を上げては外を眺めているが、急に雑誌を書架へ乱暴に戻したかと思うと外へ大股で出て行ってしまった。俺は視界から消えた瞬間、俺の目を疑った。他人のそら似だったんだろうか。それにしてはもう、纏う空気があのサードマンそのものだった。俺は彼に続いて自動ドアの締まりきらないうちに外へ出た。すると、三村が背の高い待ち合わせ相手のもう一人と親しげに歩いているのが見えた。 杉村弘樹も生きていたのだろうか。杉村もまた、あの高い上背にはまだ伸びしろがあったらしくあれよりも更に背の高い、20歳くらいの、俺と同い年の風貌だ。俺は再度目を疑った。俺はクラスメイトたちのことを忘れたことはない。たとえ彼らが俺を殺す気だったとしても俺は彼らの最後のクラスメイトだ。数メートル離れた目の前では、杉村と三村が歩いている。俺は声をかけなければならない。お前たちも生きてたのか!そう言って涙を流して抱き合うのだ。そもそも俺は、彼らの死体を確認した訳じゃないじゃないか。そこで川田のことを思いだすと俺は胸をえぐられるようだった。彼らに追いつこうと角を曲がる彼らを追って角を曲がった。 するとそこにはもう誰もいない。 この街には亡霊がいるのだろうか。それとも俺が幻覚を見たのだろうか。俺のような永遠の失踪者がこの街にもどってくるようなことは、本当はあってはならないのだろう。俺は来た早々に城岩からは去ることに決めた。杉村と三村が、それでも瞼に焼き付いてはなれない。彼らの亡霊が今もこの街で幸せに暮らしているといい。 '050913 - '051204 衍田トカ |