驟雨のやむころきみらはいない





一人は傘を持っていたが残りの二人は持っていなかった。
雨は風に躍りながらも最後には地を濃くぬらしていた。
傘を持っていた一人は勿論のこと柳生で持っていなかった二人は桑原と仁王だった。柳生は習慣のように毎朝一週間先までの降水確率を確認してくるくせに、その予報がどうであろうといつも何度使っても新品のように几帳面に折り畳まれた携帯用の傘を鞄の底にしのばせていた。それ矛盾しとらんか、と仁王が揶揄するでもなく言うと、念には念をと返された。桑原はそれを横で聞きながら何か別のことを考えていた。

自分が居たのは人々が傘を持たない国だった。経済的余裕のない者であれば尚更だった。雨が降るとどこへというのでもなくただ走った。チョコレートかカフェオレかというような色の肌をぬらして逃げられるわけもないのに走った。店先で同じような境遇の人間と肩を押しながら窮屈な雨宿りをすると独特のにおいが鼻腔をくすぐった。何キロも上の空のにおいと踏みしめた大地の土壌のにおいが混じって、自分が不快なのかそうではないのかごまかされてしまうようなにおいだった。

コンビニのささやかな日除屋根の下に体を滑り込ませ仁王と肩を並べた瞬間、あのにおいあの空気が無防備に吸い込んだ肺になだれこんで来て突然、むせた。咳き込むと柳生が顔をのぞきなお咳がやまないと隣の仁王がこちらの顔を凝視した。のぞき込む癖に彼らが他人に冷淡なほど無関心なことは知っている。仁王はちょっと待っとってというとコンビニの自動ドアーに吸い込まれた。仁王は買い物が速いから中で時間を潰すこともない、桑原は軒下で、柳生は屋根のないその正面で待った。柳生が得意げにというのでもなく一人紺色の折りたたみ傘をさし風になぶられる雨の中立っているのが可笑しかった。きっちり分けた前髪があおられ、眼鏡に飛び散る雨粒がしずくを垂らした。空は白く明るいのに雨はやまない。天気雨がずっと続いているような感じだった。

ガラスの自動ドアーが完全に両脇へ避ける前の細い隙間をぬって仁王が店から出てきた。彼の買ったものを無意識に探すと持っていなかったビニル傘が増えていた。
「また買ったんですか」
「別にええやろ、高いもんやなし」
「一体何本溜め込むつもりですか」
仁王くんはいつも持っていなくて外出先で買うんです、と柳生が桑原の方を見た。仁王が持っているビニル傘は大きなつくりをしているがいかにもちゃちい、しかし新品らしい存在感があって仁王に似合っていた。仁王が手首を翻してくるりとまわしてそのままなめらかな動作で透明な雨傘をさしてみせる。何となく見ていると二人が並んで振り返るようにこちらを向いて同じ動作で開いた傘を少し上に掲げた。

深い色の柳生の折りたたみ傘と透明で白い空の光をそのまま透かす仁王の新品のビニル傘が同じ角度同じ高さで空中にある。変な光景だという印象を持った。ちょっと間を置いて、傘に入れと言われていることにやっと気づいて顔が熱くなった。二人ともの傘に入ることができたらそうしたかったけれどそれはできないのでちいさな声で礼を言って、軒下から一歩踏み出し、こまかな雨の粒子をを頭で肩で頬で短い睫毛で享けた。

前を仁王と柳生が桑原の入る隙間をあけてゆっくりと歩く。追いついて割り込むべきなのかどうか迷う。自分は彼らのクッションか何か緩衝材か何かそういうものなのかもしれないそれでもいいけれどどうにも遣る瀬ないと思い、しかしそれを言葉にも行動にもする術を持たなかった。


こんなにも遠いのはなぜだろう。