重力加速度Gにさからう





 足の裏が地に吸い付く。地も足に吸い付いてくる。みぞおちが裏返るようないいしれない喉の苦さにその場で膝を折ってしまいそうになる。座標はおもむろに高度を上げてそれなのに目的の階になかなか着かず毎階止まっては患者をばらばらと数人吐き出したり摂取したりで鈍行の汽車のようだ。

 重力をいいようにされるのはどちらにせよ不本意だが行為中とそれと手術中だけで十分だ、と幸村は思う。背中を映す背後の鏡が気になって何度も眼だけで振り返る。自分の病室がある階に着きそうになったものの、これ以上乗れない、と何故か強迫観念のように思ってあと一階だと言うのに降りてしまって、降りてしまってから後悔した。

 階段を使って階上へ向かう。今、今の今身体が動かなくなることをいつも恐れているから何もできなかった。何がしかに流されているのに正体がはっきりしなかった。名前をつけるとしてもそれは忌々しい病そのものでは無かった。そんなことを一段一段つらつらと考えながらすぐに息が上がる胸を叱りつけ階段をあがりきる。俯きながら歩くから視線の先に居る真田に気づかなかった。エレベータの前で上がって来た空の箱を見つめて幸村がいないので不思議そうな顔をしているのがひどくいとしいような乱暴をしたいような気分にさせる。忍び足で近づき後ろからつま先で伸びて真田の頭上の帽子を取り上げると真田が驚いて振り返った。やおらドアの開いたエレベータにふざけて無理矢理押し込もうとするが真田が困ったような怒ったような顔をするので願は達せられ、やめた。

幸村が奪った帽子を手渡すと真田は外交官が握手するようにうやうやしく受け取りもう一度目深にかぶる。
「…まるで子どもだ、立海テニス部の部長たる者が、た」
躊躇いがちに(なら言わなければいいものを)真田が言う、そして続ける、たるんどる、というその常套句を幸村の涼しい声が追う。
「お前も子どもだろ」
赤也とそう変わらないさ。もう一度階下へ行くためのボタンを押す、その人差し指が直前でふるえる。真田が見ていると思い気取られないようにボタンを押した後の指を包み拳をにぎった。点灯したエレベータのボタンを見てから真田が何か言いたげにこちらを見る。
「外来棟の自販機に何か買いにいこう真田もついてきてよ」
真田が緩慢に頷き承諾する。何か別のことを考えているなと思う。

今度は足がふるえることも膝が折れることもなく箱の中に立つ。真田がいてこそという感情を喉の奥で噛む。真田の背中で余っているブレザーの布を掴む。真田は知らない振りをする。重力加速度に揺るがない四肢、こめかみが痛む。彼はからだを開かれる痛みを知らないのだ。
言えない、と思う。お前人間が最後に死ぬって分かってないだろうなどと。ただ落下するこのエレベータがしばらくで良いから止まらずに落ち続ければいいなどと。いつまでもいいようにされふらつきよろめくこのからだをどうにかできないものかと。














20040717