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ウムラウト 無言電話が多いと思っていたら何十回もの公衆電話からの着信は、全て千石が今や街中で見かけるのが困難な電話ボックスから発信してきたものだと判り、南の肩の力は抜けた。怒りも詰りも面倒だった。何より目を閉じて息を吐き、既に受話を中断するボタンを押してしまった。 (みなみ、) 掠れに掠れた息混じりの声でもその抑揚で千石と判った。おかしかった。無言には無言のメッセージがあることも分かっているが何にせよ電話なんてものは千石らしくないまどろっこしい手段だ。こちらにしても終止無言を貫いていたときは何分でもその沈黙につきあってやるということをした癖に、名前を呼ぶなり切ってしまうことがどういうことなのか自分でも理解できなかった。頭が痛い。ただ驚いたのだと自分に言い聞かせる。拒んだ訳では決してない。千石の姿を想像する。彼の鼓膜に自分の声の代わりにツーツーツーツーと果てしなく電話の鳴くのを聞いたとき彼は何を思っただろう。泣いたか怒ったか諦めたかほくそ笑んだか、どうにも考えつかないのだった。少しは期待していたのだが公衆電話からの着信はこちらから切ったその後一度もなかったし勿論千石の携帯電話からは言う間でもなかった。そういえばつき合いの終結を考えたことなどなかった、とぼんやり思った。(友人関係なら当然だ)(千石が子どもじみた「絶交」という単語を頻繁に口にするような人間であってもだ) 窓を見ると闇に嵐が躍り、滴が叩きつけられるガラスにくろぐろとした穴の空いたような自分の顔が反射した。 千石が自分のことを求めているのは何度も言われてだからこそ知っていたと言えるかもしれない。しかしそれは知っていると言えるのだろうか。心からの理解は生涯できないかもしれないと思う。(何より俺自身は千石をそれほど必要としていない。どちらかにひどく極性のある人間関係というのは果たして正常なのだろうか)サッシの建てつけをぬって外の激しい風がびゅうと啼いた。 千石のことを考える。嵐の中何をしてどんな顔をしているのだろう。電話ボックスの中でたわみ垂れ下がった螺旋の紐にぶらさがる受話器を背に煙草をふかしているのか、湿気ったフィルターに亜久津みたいに舌を鳴らして壁を一度毒づいて蹴るのか、もう嵐の街へ飛び出して橙の髪をぬらしながら南のバカヤローと叫ぶかもしれないと思うとこれはぞっとしない。ともかく想像もとい被害妄想は錯綜してなかなか止まず、気づけば一睡もせず朝を迎えていた。中途半端で最低の男がここにいる。五時間あまり何も行動を起こさなかったというのか、自分が信じられなかった。千石は、でも千石も何もしなかったのだろうきっと、そう思って息をついた。千石も眠れなかったのだろうか。嵐の名残りが湿った冷たい風に留まっている。今から頭痛を抱えながら登校しなければならないかと思うとうんざりしてやりきれなかった。 千石はその日学校へ来なかった。次の日も来なかった。次の次の日も来なかったらしい。(その日俺は遂に学校を休んで一日中寝た)結局一週間ほど学校及び部活へ姿を現さなかった。このまま最初からいなかったかのように消えてしまえば俺は楽なのにと思ったが千石という男は居て、どこにいるのかというと俺の耳の中で受話器の向こうにいたときのようにずっと沈黙を守って息づいているのだった。ああ、泣いていたのだな、と今になって思う。簡単に泣く男だった。俺がこうやって過去形で語って思い出しているようにもう千石は俺のいる世界に居ないかのようだ。あの日俺が電話を切ってから金輪際一生俺の元へ声を寄越さないそんな気がする。千石はいない。千石はいない。千石はいない。 幾らとなえたって千石は耳にいてずっと泣いている。電話を切らなければよかったのか、千石と名を呼んでやればよかったのか、泣くなと受話器にキスしてやればよかったのか、そもそも電話など受け取らなければよかったのか、紛れもなく今俺は千石が求めるような求め方で千石のことを求めているのに千石は今沈黙を守ってこの世界にはいなくて、いやいるけれど黙っていて、違う、そうでなくいるのだかいないのだか俺には分からなくて、そうこうしている間に電話のバイヴレーションがフローリングの床の上で驚くほど大げさな音をたて、た。 俺はいつまでもふるえるそれをおそるおそる拾って、それを千石のふるえる手だと思って、手の甲にキスして手の平を開いて脈を聞いた。向こうからは何も聞こえず暗い海が静かに波打っているような闇とか途方もなく広いようなものとかを勝手に想像した。想像したそこに千石はいなかった。 たったひとりだった。 ねかせると色々な表現がでてくることに気づいた作品です。時間をかけるのは大切だ。しかし南も千石もきもちわるい。このきもちわるいをもっと昇華させたい。ところですきすきだいすき〜とほとんど同じ話です。 040430-040922 |