膝を抱く





元より平均中三男子のそれを遙かに上回るほどの体力を持ち合わせているわけではない。部長という肩書き故、事務と練習の両方の負担がのし掛かる部活の終了後に、部室とコートの鍵両方を事務室へ返却しに行き、這々の体で帰宅した。憩う間もなく自宅には千石清純がおとなっており自室のベッドは既にして占領されていた。もっぱら揶揄の対象となる自分の振る舞いのそつのなさや目立たない外見が、或いは堅実だとか地に足が着いているだとかそういうきれいな文句にすり替わることは了解していたがしかし、それでも、千石清純を目の前にすると示し合わせたかのように自分と対照的であるのに図らずも気を悪くする。自分のベッドで無神経なまでに鷹揚に寝そべり、自分の雑誌を顔の上に開いて伏せてすやすやと寝つく男は、好意を持っているという旨のことを言ってまつわりついてくる割に部活をおろそかにする割に巧いテニスをする割に飄々と振る舞うのだった。こちらはと言うと今現在疲弊しきって千石に構っているどころではなく、制服の上着だけ脱いで顧みずにそのままベッドにまろびいった。


まったく無頓着にその上へ倒れ込んだため、千石がうめいて、些かみじろぐ。瞼をこすりながら、そうとうばててるねけんちゃんと言って寝惚けまなこで身を寄せてきて、俺は千石の寝る隙間をつくるふりで壁の方へ逃げる。抑揚のあるようなないような独特のテンションの千石の声はこういった場合すべての文字の羅列がひらかなとなって鼓膜をなでてくる。だいじょうぶ?つかれた?ちょっとはさぼりなよみなみまじめすぎだよ。でもおれみなみのことすきだよ。脈絡がないのはいつものことだ。狭すぎるが一応二人おさまったベッドですうと眠りの底へ落ち込みそうになった途端にピー間の抜けた電子音が間断なく部屋の中に鳴り響きはじめ、無理矢理に現実へ引き戻された。自分のは電源を切っていたはずだと思い当たり、ぴったりと寄り添っている千石の肩を揺らした。このピーってやつを止めろと詰め寄ると、しらないようととぼけて自分だけ眠ろうとする。こんなときによく眠れるものだと嘆息して断り無しに鞄をさぐると、あっついでにじゅうでんしといてねと言い残して自分だけ倒れ込む。神経物質の伝達がスローになっていてじゅうでんと充電が繋がるのにいつもの三倍ほどかかる。こうしてベッドと睡眠休息時間と家の電気を千石に吸いとられるのもいつものことではあったが腹立ち紛れに充電器にセットしながらメモリを自分のもの以外すべて消しておいた。件数もさることながらその中で女が占める割合が多くこれを消したら千石との関係も途切れるのであろう幸薄い人々に心の中で合掌した。勿論のこと清々しい作業を終えた後は充電器から携帯を外し鞄へと潜り込ませ、充電はしてやらなかった。電波で繋がるリアルタイムの恋なんてものは現代科学が作り出した無粋な幻影でしかない。バカは時間差で気づけば良いと思いながら温かく丸まる生きものと同衾して眠った。


これは賭けだった。充電にかかる120分の間、千石は何も知らずに何をして誰のことを考えて過ごすのだろう。120分が終わった後、すぐに携帯電話に触るのだろうか。そしてメモリを見て俺の意図に気づいて訝りながら、あるいは気づかずに何故こんなことをしたんだと怒りながら電話をかけてくるだろうか。メールを送ってくるだろうか。もし電話を寄こすのだったらすぐには出ない。何コールも待たされた千石の焦れた上擦った声が聴きたい。もしメールを送ってくるのだったら、それが何度も何度も考え直し訂正され削除されては書き直された短い素っ気ないメールがいい、そして送った瞬間から一人きりの自分に気づいて、じりじりと俺の返事をただそれだけを待てばいい。どちらであっても俺がいつもあいつに送ってるような、余裕のない情けない味方の居ない一人きりの人間のメッセージを、千石が俺にそのありったけを喚けばいい。









20040309 初出
20041009 リサイクル
たぶん清水博子という作家の本を熱心に読んでいた時期だと思うのだけど、それと分かるほど語彙とか言い回しに大きな影響を受けている。少しだけ書き直しました。